僕の自宅から大学があるキャンパスまでの通勤路には、クヌギやコナラなどの落葉広葉樹から構成される雑木林が多く点在しています。この雑木林が近年、ある日突然、伐採されて宅地化されたり工業団地になったりする光景をよく見かけるようになりました。雑木林には、最近減少したミドリシジミやミズイロオナガシジミ、あるいはウラゴマダラシジミやアカシジミなどのシジミチョウが生息し、通勤過程で僕の目を楽しませてくれたものです。今年も1年ぶりにかれらの姿を観察でき、心が躍りました。
 しかし、こうした雑木林がどんどん伐採され、何百年いや何千年もかけてつくられた豊かな土壌が一瞬のうちにコンクリート化されていることを、僕は今たいへん悲しい思いで心配しています。土というのは、人間の生活資材の多くを生み出してくれる母なる大地を形成する存在であるばかりでなく、人間の住居も含め、さまざまな生活がその土の上で営まれているにも拘わらずです。雑木林の腐葉土を一握りつかんでみてください。その温かさや適度な温度あるいは湿度や柔らかさなど、どなたでも手のひらでその土の優しさを直接的に感じ取ることができます。
  僕は若いとき、この土の中にどんな生きものが生存しているかに興味をもっていました。そして、驚いたことに、1グラムの腐葉土には、1600万個以上の土壌細菌のほか130万個以上の放線菌や20万個以上の糸状菌が存在することを知りました。ということは、一握りの土をコンクリートで覆うことは、その数十倍以上の数の土壌微生物を殺していることになります。加えてまた、土中のミミズやトビムシ類、ダニ類などの小動物も死に追いやられます。最近、このことが、ものすごく心痛むことになっています。
  豊かな土さえあれば、植物の種は根を張り芽を出します。植物が生えれば、そこに昆虫がやってきます。昆虫が生息する林には、小鳥が必ず生息します。つまり、土こそ生命の源であり、生きものの多様性に満ちあふれる自然をつくってくれる存在なのです。「雨ニモマケズ、風ニモマケズ」の詩で有名な宮沢賢治も、昭和の初期に記した「植物医師」という作品の中で、農民が科学的分析を実践することの重要性を説くと同時に、土壌の分析も行い、バランスのとれた土壌が農業生産を向上させることを述べています。土って、人間の生存にとって本当に不可欠なものなのです。
   さて最近、都内に出かけて残念に思うことは、土がほとんどないコンクリート化社会であるということです。この環境が都市のヒートアイランド現象や砂漠化を誘導しているのは自明のことでしょう。さらに、土のない都市環境は、はるばる遠くから飛散してきたスギ花粉を蓄積し、現代人の花粉症さえも増加させています。なぜなら、土があれば、そこに落下した花粉は土の水分を吸収して膨潤化して、やがて破裂して、アレルギー反応を引き起こす成分は土中に浸み込み、人間には入ってこないからです。
   僕の耳には土の叫びが聞こえてきます。「もうこれ以上、暗黒の世界にしないで下さい」と。




コメントする