僕は最近、これまで生きてきた人生の中で、自分の成長に影響を与えてくれた人がどれだけいるのかについて、よく考えるようになりました。それだけ、自分が年を重ねてきて証拠なのでしょう。自分と同じ釜の飯を食べてきた人、自分と労苦を一緒に味わった人、自分と同じ価値観で挑戦し喜びをともに分かち合えた人、自分の夢を叶えるときに真に勇気と励ましを与えてくれた人など、自分がその人と一緒に過ごせた時間をもてたこと自体を、本当に幸せに感じられるような人が、これまでの人生において果たしてどれだけいたのでしょうか。それは人それぞれ異なっている問題でもあります。
 「人」という漢字は、「支える支えられる」を意味した構造をしていますが、今の自分の存在そのものが、いったいだれによって支えられてきたのかを考えてみることは、これからの人生を慈愛に満ち謙虚に生きていく上で大変重要なことと思います。
  自分と同じ釜の飯を食べてきた、あるいは食べているという観点では、優しさと厳しさをバランスよく与え陰でしっかり支えてくれた両親や家族が僕にとってもっとも感謝すべき存在です。また、自分と同じ労苦を一緒に味わったという観点では、幼い頃から同じ方向を見つめながら困難を克服しつつ、相互に理解しながら歩んできた友人が該当します。さて、今振り返ると、僕の心に火をつけ、その後の人生に大きな影響を与えてくれたできごとは、中学二年生のときに、偶然、早朝の登校時にラジオから流れてくる故・田淵行雄先生のお話を聞いたということにありました。
  当時、山岳写真家であり、日本の高山蝶の生態研究家としてたいへん有名であった田淵先生は、北アルプスの常念岳が眼前に迫る長野県の安曇野に自身の居を構え、精力的に北アルプスに生息するタカネヒカゲやクモマツマキチョウ、クモマベニヒカゲあるいはタカネキマダラセセリなど本州に生息する9種類の高山蝶の生態を観察し写真に収めていました。先生の姿はさまざまな書物を通じて中学生だった僕の心に多大な影響を与えてくれていました。そして、ラジオから聞こえてきた内容は、「奥穂高岳に登山したとき、岩場の稜線に一匹のタカネヒカゲの雌を目撃し、その蝶を捕まえ生かしたまま、歩いて4時間以上もかかる常念岳まで無事に運び、そこに逃がしてあげた」というお話であったように記憶しています。岩場の稜線は、この蝶の食草であるイワスゲやヒメスゲといったカヤツリグサ科の植物がほとんどない乾燥した場所であり、先生はその蝶が無事に産卵できるように、食草が豊富に見られる常念岳まで移動させてあげたというのです。
  「一匹の蝶の命が次の子孫を生み出すことができるように」という先生の真心こもった願いと生命への無償の愛に深く感銘し、僕も自然への愛を育んでいこうと決意するのでした。今、僕が心から誇りに思えることは、身近に田淵先生のような真の自然愛に満ちた科学者がいたという事実なのです。そして今度は恩返しの気持ちで、「人」という漢字が立派に完成されるように、僕が人々の成長をそっと見守り、支えてあげられるように努めていきたいと思っています。現在、安曇野には先生の業績を讃える田淵行雄記念館があります。訪問する度に、僕は心からの感謝を伝えています。「田淵先生、有り難う」と。




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