今年の3月、松本にある実家の母が大腿骨を骨折したため、急遽、入院し、人工骨置換手術を行いました。僕にとって、これまで入院した経験をもたない健康な母の入院は、予想外のことでした。以来、3ヶ月間以上にわたり、毎週、帰省して母の様態を伺い、直接励ましています。多くの人の温かな心の支えと本人の懸命なリハビリによって、日々、確実に機能改善しているのは、本当に嬉しいことです。入院患者さんの多くが、母と同じように高齢者で、ちょっとした転倒で骨折しており、高齢者の骨粗鬆症が予想以上に深刻であることを痛感しました。
 さて、先般、母の入院先の病院で、僕に声をかける医療従事者がいました。振り返ると、僕の教え子のMさんではありませんか。「先生、どうしてここにいるのですか」という問いかけに、僕は「母がリハのためにこちらの病院にお世話になっているんです」と答えました。Mさんは僕が以前教鞭をとっていた大学の教え子であり、臨床検査技師として患者さんの診断に役立つ臨床検査データを提供したり、直接、採血して血清を分離する仕事に従事していました。懐かしさと驚きで胸がいっぱいになりましたが、何よりこうして患者さんのために、苦労して取得した国家資格を人生に活かして頑張っている姿に、感動し喜ぶ瞬間でした。
  さらに驚いたことは、その病院で看護師として働いている方のお姉様が、25年以上も前に、僕の教え子のKさんであることを知ったことでした。病院の近くの診療所に勤務しているKさんは翌日、病院に来ている僕に会うためにわざわざ足を運んでくれました。Kさんは、当時、僕が微生物学・免疫学の授業を担当していた際、僕の講義を休まずに聴いてくれた方です。人間って、懐かしい方に会うと、瞬時にその当時の時代に逆戻りするものです。思い出話に夢中になり、瞬く間に時間が過ぎたのでした。
  僕はこれまで30年以上もの間、臨床検査技師を養成する学校で教員を務めてきました。そのため、社会に送り出した臨床検査技師は、1300人以上にもなります。また、看護師を養成する2つの学校でも非常勤講師として8年以上も授業を受け持ちましたので、こちらも約1200名以上の学生に講義をしたことになります。いつも一人の教員として心から嬉しく思うことは、教え子が大学で学んだことを人々のために労苦を惜しまず還元して、医療現場で患者さんに喜びを蒔いている姿をみることです。ギブする姿は本当に尊いものです。「良い仕事をしているなあ」と、誇りに思います。
  仕事という言葉は、「事に仕える」と書きます。心身を病む方に対して謙虚に仕える真の事を行っている教え子の存在に、感謝の気持ちがあふれると同時に、教員として生きてきたことに幸せと喜びを感じました。看護師であるKさんは、高校生になる長女と一緒でしたので、「将来はどのような職業を希望しているの」と尋ねると、母のような看護師になりたいと答えてくれました。母の謙虚に「事に仕える」後ろ姿は、子供の心に生きる上で大切な多くの何かを日頃から与えていると実感した心地よい1日でした。




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