ツバメの巣立ちに思うこと

 今住んでいる狭山市に、今年、ツバメが南国から戻ってきたのは、4月2日のことでした。正確にいうと、今年初めて僕がツバメを狭山市で観察した日です。僕はここ12年間、自宅のある狭山から大学に通う通勤路に、どのくらいの数のツバメが繁殖しているのかを、ずっと観察してきました。幼い頃、実家のある松本では、どこの家の軒先にもツバメの巣があったもので、身近に親ツバメが子育てする場面や子ツバメの成長を見ることができ、親鳥の熱心な子育てに感動したものです。

餌を待つ4羽の雛ツバメ.jpg

 ツバメはご承知のように、渡り鳥の代表です。3月から4月にかけて繁殖のために日本に戻ってきます。ここ狭山市では、毎年4月上旬にツバメが戻ってきて繁殖をはじめ、7月上旬に子ツバメが巣立っていくのが普通の生活スタイルです。7月上旬のある夕暮れ時に、通勤途中にある田んぼでは、親鳥が子ツバメに、一生懸命、餌のとり方を教えている様子を見ることができます。本当に嬉しい光景です。けれど、やがて子ツバメは親鳥と別れて独立して生きていかなければなりません。

南国に帰る準備をするツバメ達.jpg  

 何年か前に、僕はその別れの日に相当する光景に偶然にも遭遇しました。無数のツバメがまるで平常心を失ったように乱舞しているではありませんか。僕には、子ツバメの独立に喜ぶ気持ちが半分、親子が別れていく悲しい気持ちが半分ありました。こうした繁殖と子ツバメの巣立ちの後、7月下旬から9月上旬になると、電線に数多くのツバメが群れをつくって止まっているのをよく見かけます。僕はこの光景をみると、そろそろ日本の寒い冬を避けて暖かな地方で過ごすために南の国に戻っていくのだなと寂しい気持ちが襲ってきます。

 

 南国への旅立ちを見たことは一度もありませんが、ツバメは集団でフィリッピンからボルネオに向かって日本の繁殖地を去っていくことはよく知られています。何千という数のツバメがやってくるボルネオ島のサラワクにある都市では、住民がこのツバメ達が幸福を運んでくると信じて大切に大切に保護していることを知ったのは、つい最近のことです。

 

 さて、家から大学までおよそ15キロある通勤路で観察できたツバメの数は、年々減少し、ついに今年は最大で14羽でした。昨年は27羽、2年前は32羽でしたから、南国から戻ってきたツバメの数は年々著しく減少していることになります。そして、今年使用しているツバメの巣の数そのものも、たったの5つで、昨年利用していたけれど今年は利用されていない巣が7つありました。本当に悲しいことですが、ツバメにとって生息できる環境がどんどん失われていることを実感します。

 

 ツバメが繁殖し生きていく上で必要なものは、巣材となる泥や土、餌となる小型の昆虫類です。これらの巣材や餌は、コンクリート化した都市空間には、もはやほとんどありません。ツバメは生きることができないのです。人間の活動は、ツバメの生きる場所を奪ってしまったようです。僕はツバメを見ると、その懸命に生きている様に心打たれると同時に、彼らが生きられる場所を人間が奪ったことに対して心から謝るのです。

 
巣立ちを終えた4羽の子ツバメ.jpg

 まもなく狭山市では、多くの子ツバメが独り立ちして、自分で餌をとれるようになります。そして、電線にたくさんのツバメをみるとき、「来年も元気で必ず戻ってきてください」と心の中で語りかけるのです。僕は、ツバメが戻ってきて無事に繁殖できるような環境を取り戻して上げることこそが、人間自身の生存も可能にするのだと信じています。

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