オリンピック開催年にいつも願うこと

 8月に開催された北京オリンピックも8月24日に閉会式を迎えました。17日間にわたり繰り広げられた28競技の302種目にも及ぶ熱戦に幕が下ろされました。この期間中、各国の有望な選手の熱い戦いが繰り広げられ、毎日、その喜びの涙に満ちた感動的な内容が報じられていました。期待された通りの成績を収めた選手や、一方で残念なことに、力を出せなかった選手など、さまざまでしたが、オリンピックに参加された各国のすべての選手に平等に心からの拍手を送り労をねぎらいたいと思います。夢と感動を与えてくれたことに対して感謝の気持ちでいっぱいです。

 さて、オリンピックと言えば、1964年にアジアで初めて開催された第18回東京オリンピックのことを僕はいつも思い出します。ちょうど中学2年生のときでした。当時、通っていた松本市立旭町中学校でブラスバンドが初めて結成され、初代の部長に選ばれた年のことでした。僕はクラリネットの演奏に夢中になり、休日は音楽室に通って練習を重ねたものです。そんな中、音楽指導の先生から、松本に聖火がくるので、オリンピックマーチとファンファーレを演奏することになった旨のお話を伺ったのです。まだ未熟な僕らがこの大役を果たせるのだろうか、たいへん不安な気持ちに襲われましたが、部員が一丸となって練習を重ね、無事に聖火ランナーの走る中、演奏を終えることができたのです。

 

 そして、同年10月10日、東京国立競技場で東京オリンピックが開幕し、日本のスポーツ界に有史以来の大きなインパクトを与えたことは、まだ記憶に新しいことです。「東洋の魔女」と言われた女子バレーボール選手や男子マラソンランナーの円谷幸吉選手、男子体操競技の早田卓次選手など、多くのトップアスリートの活躍は今でも脳裏に焼き付いています。また、このオリンピック開催をスタートに、日本は高度成長の時代に突入し、カラーテレビや自家用車などの普及が始まっていきました。

 

 ところで、よく知られているように、「近代オリンピック」の前身は紀元前393年から開催されていた「古代オリンピック」です。幾多の戦乱の中で終焉を迎えた古代オリンピックをもう一度復興させようと提唱したのが、フランスの教育学者であったピエール・ド・クーベルタンでした。氏の提唱はパリ国際会議で満場一致で可決され、1896年に、オリンピックの故郷であるギリシャのアテネで第1回のオリンピック競技大会が開催されています。

 

 さて僕は、中学時代の国語の教科書の中で記されていたクーベルタンが唱えたオリンピックの精神をいつも思い出すのです。それは、「オリンピックの精神は、スポーツにより肉体と精神のバランスのとれた人間を育てることと、スポーツを通して人種、宗教などの壁を乗り越え、相互理解を深め世界平和に寄与することです」というものでした。スポーツと平和を愛した近代オリンピックの父・クーベルタンのオリンピズムは、今日も脈脈と受け継がれていますが、一方でこのオリンピックの開催期間中も、世界のあちこちでテロや戦争が勃発して、多くの市民が犠牲になっていることは本当に悲しいことでした。

 

 人間という生きものが、国の利害によってなぜ戦争を引き起こすのか、僕にはよくわかりません。「勝っても負けても、悲しみや憎しみが増大するだけなのに。そんなことは人類の未来にとって何の意味もないのに。人類は一丸となって地球環境を守らなければならないのに」と思うのです。オリンピック開催年に当たり、クーベルタンの提唱したスポーツを通しての世界平和の構築について改めて真剣に考え、恒久平和を願う1日でした。

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