僕は現在、音楽という「音による芸術」が人間の健康を支えている脳神経系やホルモン系あるいは免疫系などの生体機能にいかなる影響をもたらすかについて興味を抱き、それを解明する研究に従事しています。元来、音楽が大好きだった僕は、中学生のときにブラスバンド部に所属してクラリネットを演奏していました。当時、楽器によって、その音の響きや感じ方がかなり異なり、たとえ同じ楽曲を演奏しても、ピアノとバイオリンでは、またバイオリンとトランペットではかなり身体に入力される聴覚刺激パターンが違っていることに不思議さを感じていました。また、楽器の音色や高低は異なる影響を人間の身体に及ぼすのではないか、と考えていました。
 そんな僕は、音楽という聴覚情報を活用することが、もし人間の健康の維持あるいは増進に役立つのであれば、これは日々の生活に簡単に導入でき、健康寿命にまで波及すると考えるようになったのです。ちょうど、今から15年ほど前のことです。当時、音楽療法という概念は、アメリカやヨーロッパではかなり理解されており、その実践も広く患者さんのために行われていました。歴史の紐を解いてみると、すでに古代ギリシャ時代から音楽の力が認知されていたようであり、かの有名な数学者であったピタゴラスは、音楽が人間の社会性や道徳心を高めることを「音楽理論」として唱えてもいました。
  今日、どなたでも、音楽にはある種の強い力のあることを知っています。たとえば、ある種の音楽リズムは身体の運動を円滑にします。この観点では、ある音楽を聞くとすぐに身体が自然と動き、ダンスなどが誘導されてきます。また、ある種の音楽は、すぐに人間同士を仲良くさせます。初めて出会った人同士でも、音楽を介すると心がうち解けて会話が成立してくるのです。一方、ある種の音楽を聞くと、昔を懐かしんだり両親や家族のことを思い出したり、心が平和になり穏やかにもなるのです。
  このような事実を整理して考えると、音楽には、直接的に人間の生理機能に影響する働き、人間同士の有機的な関係を促進する力、つまり社会的な働き、そして心や魂に直接訴えて精神を安定化させる働きの3つが主として存在することが理解できるのです。こうした音楽の働きを患者さんの病気の改善あるいは克服のために、意識をもって意図的に活用するのが、今日の音楽療法と言えます。実際、僕の大学の老人施設やリハビリテーション科では、患者さんのために音楽療法士が意図的かつ意識的に音楽療法を提供しています。これはたいへん好評であり、患者さんの医療への満足度が高まると同時に、病気の克服に対する患者さんの意識や意欲の向上にも通じています。
  さて、僕が提唱しているモーツアルトの楽曲を活用した音楽療法は、人間の生理機能に直接作用する働きを用いています。特に、自分の研究から発見できたことは、モーツルトの音楽がもつ音響学的特性が、人間の自律神経系の中でも心身をリラックスに導く副交感神経に影響する性質をもっているという事実です。この発見は、今日の交感神経優位で引き起こされるさまざまな生活習慣病、特に高血圧や冷え性、あるいは便秘症や不眠症などに対して、モーツアルトの音楽が意味のある影響を及ぼすことができる、ということでした。ただ聴くだけで、例えば、心拍や血圧が安定化したり、体温が上昇したり、唾液がたくさん分泌されたり、あるいは快眠が得られるのです。
  本当に音楽には不思議な力があります。そして、音楽を構成する音符は、あたかも4つの塩基から成る人間の遺伝子のように、作曲家の自由な組み合わせによって、無限の多様性を生み出し、その中にある効果的な音楽パターンが健康維持に大いに役立つということを僕は最近改めて感じています。
  21世紀は病気になる前の状態、つまり未病の状態をいかに簡単に健康に導くかが問われています。それぞれの尊い命を健康の中で全うできるように、意味のある音楽に耳を傾け、心身を健全に維持してほしいと心から願っています。




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