新しい年への思い

 2008年が過ぎ去り、新しい年を迎えました。今年は「丑」の年です。十二支での丑がもつ意味には、いろいろあると思いますが、僕は、偶蹄類の牛の習性のように、ゆっくり慎重に歩むことを心がけ、また大切なことは繰り返して考えることをモットーに歩んでいこうと思います。一方、人々の健康と心の豊かさ、心の平和をお祈りしました。

 さて、僕は実家のある信州の松本で、毎年、年末年始を家族と一緒に過ごすことが慣わしです。小・中学生の頃は、祖父母や父母、兄弟に加えて、親戚の叔父叔母や子供たちが本家である僕の家に集合して、みんなで仲良く過ごしたものです。こうした大家族的な生活スタイルに慣れ親しんで育ったので、最近の核家族化に伴う家族数の減少には、一抹の寂しさを禁じ得ません。しかし、これも時代の流れと理解し、今ある現実のあり方を尊重しています。ところで、この松本には、2年参りという風習が文化として根強く残っています。実家の近くには、元禄3年に建立された横田神社があり、大晦日の晩から、まず1年参りといって、その年の無事や平穏、五穀豊穣などに感謝する気持ちを伝えます。そして年が明けて、元日の0時になると、2回目のお祈りをするのです。この際には、新しい年の願いや希望を各自の気持ちで祈るのです。感謝と願いを2年にわたり心から神様に伝えるのが当たり前の文化でした。

 

 そして、家に戻りいったん就寝しますが、早朝6時前にはもう起床して、今度は横田神社にもう一度改めて初詣を行い、隣接する祖先の墓地におもむき、ご先祖様に1年の挨拶をすることが元旦の行事になっていました。僕は、祖父や父と元日からこのような行動を共にすることを子供心に嬉しくてなりませんでした。加えて、初日の出の太陽光に輝く常念岳や横通岳、大天井岳、燕岳など北アルプスの雄大な光景を仰ぎながら家に戻ることを、とても楽しみにしていました。こうして、心が毎年洗われてもいました。

 

 ところで、昨年はアメリカの金融危機を発端に世界中で同時不況に陥り、日本でも経済は大きな打撃を受けて、企業倒産や失業問題が表面化しました。この厳しい経済状況は今年も続くと予想されています。こんな中にあり、どうしたら生活不安から抜け出すことができるのでしょうか。僕はエコノミストではありませんが、学生の就職問題を考えていかなければなりませんので、企業倒産や金融危機にはかなり敏感になっています。人間が作り出した製品というものは、もし各家庭や個人が一度それを所有すれば、それが壊れない限り、あるいは使えなくなるまでは、新たに購入されることはないというのが基本と思います。ですから、物品が家庭に飽和状態になれば、需要は生まれないというのが常でしょう。この観点を基本に、さらに魅力ある製品をいかに作り出し、人々の購買意欲を高めるか、またそれを買うだけの経済状況をいかに構築するかが、経済を改善させる大きなポイントになると思っています。

 

 今ある厳しい経済状況は、もしかしたら神様が人間の開発消費や自然破壊の習性にブレーキをかけている姿なのかもしれません。「今の厳しさに耐え抜きなさい、今の贅沢はやめてもっと質素に生きなさい。そうすれば、地球環境は持続的に守られるのです」と僕の耳には聞こえてならないのです。だからこそ、僕は、今年、地球環境や家庭環境に優しい生活スタイルを追求し、ロハス的な生き方を目指していこうと決意しています。

 

 日本語は不思議ですが、一文字の違いで大きく意味が異なることがあります。「生きているより、生きていこう」、「できる人より、できた人になろう」を思う正月でした。

トラックバック(0)

このブログ記事を参照しているブログ一覧: 新しい年への思い

このブログ記事に対するトラックバックURL: http://wagoh.jp/mt/mt-tb.cgi/65

コメントする

カテゴリ