新しい年を迎えると、すぐにやってくるのは成人式です。今年も全国で、二十歳を迎えた若者の成人をお祝いする会が催されていました。ぼくの時代は、1月15日が成人の日と決まっていて、当時は町の公民館で町会の方々から成人を祝ってもらったものです。「成人おめでとう」あるいは 「これから大人の仲間入りだね」と声をかけられ、何だかよくわからないうちに、自分も大人になったんだと妙に納得したものでした。けれど本当は、ぼくの場合、年齢で大人と決めるような状況がよく理解できず、成人式をほとんど意識してはいなかったようです。今でもそうですが、かなり暢気な自分でした。
 人は生まれてから生涯を閉じるまで、何度か精神的に意味をもつ節目があります。 学校への入学と卒業、社会人として一歩を踏み出す就職、また結婚や家族をもつこと、永年勤続、あるいは個人をとりまく冠婚葬祭など、人それぞれですが、人生に多大な影響を与える節目は、心を浄化させたり、ときには人生を鼓舞したり、あるいは謙虚に反省したりと、大切な役割を果たしているように思います。その一つに成人式があるのであれば、それはやはり個人差はあるにしても大切な人生の節目になります。
  さて、今年は、学生の就職取り消しが増えたり、働く場や住まいを無くした人があふれたりと、精神的に暗くなるニュースで幕を開けました。政治や経済の状況が悪くなり、雇用問題や不況克服あるいは景気対策、年金問題などを、いかに解決していくかが、国民の最大の関心事になっています。こんな社会情勢の中で、成人となられた若者は、この困難な時代をどう生きていったらよいのか、本当に不安であろう思います。新成人が船出する大海は、かってないほど荒れているのです。ある調査によると、将来の自分の生活は、親の世代より悪くなると感じている新成人が、なんと50%もいるというデータがあり、かなり悲観的な結果が出ています。ぼくは、このデータに驚くとともに、悲しい気持ちを禁じ得ませんでした。というのは、生活の豊かさや貧しさは、すべてが物質的な内容に依存しているわけではありません。物質ではなく、心の豊かさをどう得ていくか、あるいは「自分の人生は己で切り開くんだ」という勇気と自覚が、人生の豊かさを変えていくからです。
  一方、今の社会で、精神的に大切な要素は、「安心」と「活力」でしょう。この2つの要素を政治が国民に生み出してくれるのであれば、若者はきっと希望をもつことができ、この希望の実現に向かって意欲や情熱は高まるとともに、真の生き甲斐を感じ取れるのではないか、と思います。ぼくが政治に期待したいことは、福祉や年金、医療など社会保障と雇用や住まいを心配する必要のない安心社会の構築のために、国民の税金を無駄なく活用してほしいということです。この実現が、若者の人生に必ずやプラスに波及し、「この仕事に打ち込んで良かった」といえる状況が生まれてくるのではないかと考えています。
  ぼくは今年成人となられた若者に心から伝えたいことがあります。「常に挑み、悔いのない人生を歩んでください。だって、人生の悔いとは、成功とか失敗ではなく、あのときどうしてやっておかなかったのか、というやらなかったことに対してあるからです」、また「人々に喜びを与えられる人へと成長してください。だって、人の喜ぶ姿をみれば、誰だって嬉しくなるからです」。それが本来の人間だからです。明日がいっぱいあり、挑むチャンスもいっぱいある若者は、社会にとって本当に素晴らしい財産なのです。




コメントする