僕はウイルスの専門家ではありませんが、今から30年以上も前に、風疹ウイルス感染症が日本で流行ったときに、患者さんの血清を用いて、風疹ウイルス感染の有無を抗体の存在から調べていました。当時、目には見えない微小なウイルスによる感染を一体どうやって調べるのか、興味津々で検査の方法の習得に取り組んでいました。また、ウイルスは通常の生き物と違って、遺伝子とそれを包む蛋白質の殻だけがあり、さらにある種のウイルスはその周りに脂質の膜をもっているという単純な構造であることも知りました。どうして、こんな単純な生き物が人間にさまざまな病気を引き起こすのか不思議でなりませんでした。やがて、その答えが理解できるようになり、ウイルスの怖さを悟ったのです。
 ウイルスは自分では増殖できないので、他の生物に寄生してはじめて、自分の子孫を増やすことができます。つまり、ウイルスは常に、他の生物の蛋白質合成系が必要なのです。この理由で、患者さんの感染部位に、どんなウイルスがどの程度存在するのかを知るためには、そのウイルスが好む生きた細胞を予め準備しなければなりません。毎日のように、ウイルスを分離するための様々な動物細胞を培養していた記憶があります。もし患者さんの病巣にウイルスが存在すれば、培養された細胞にその病巣を入れると、ウイルスの侵入と増殖により培養細胞は死んでしまうのです。この死細胞を細胞学的に観察することで、どんなウイルスが存在しているのかが推測できることも経験しました。
  さて、最近、僕にはたいへん気になることがあります。それは、地球の温暖化や自然の環境破壊、あるいは都市化の普及や野生動物のペット化などで、人間の生命を脅かす危険なウイルスが身近に迫ってきていることです。特に、人口が増加して食糧が不足したために、農地やダムを開発したり、木材や鉱物資源を確保するために、ウイルスを保有する野生動物と接触するようになり、ウイルスが人間に侵入する機会が増えているのです。エイズウイルスやエボラウイルスによる感染は、その姿を物語っているようです。
  ところで、この冬はインフルエンザの流行が毎日のように報道されています。昔から、このインフルエンザの大流行が世界的に発生し、多くの命が奪われたことはよく知られています。ご承知のように、スペインかぜでは、世界中で5億人以上の方が感染し、4千万人以上もの方が命を落としたと言われています。この数は本当に恐ろしいものです。一般的にインフルエンザウイルスに感染すると、それに対抗する免疫システムが発動し、最終的には特異抗体が産生されます。予め、ワクチンを接種しておけば、特異抗体が産生されるので、その抗体が攻撃できる本物のウイルスがたとえ侵入してきても、それを撃退できるのです。 しかし、ウイルスも賢く、その抗体による攻撃を回避できるように、自分の顔や姿を変異によって変えているのです。すごい変身能力といえましょう。
  最近、インフルエンザウイルスは、人間に感染するものと鳥に感染するものがいて、両者はブタにも感染するために、ブタの体内で両者の遺伝子が混ざり、新型が出現することが知られるようになりました。この新型のウイルスが遠く、中国南部から渡り鳥によって日本に運ばれてくるというのですから、たいへんな事態なのです。
  僕はこうした新型のウイルス感染に打ち勝つためには、4つのことが重要と考えています。それは、まず変異型にも有効な万能ワクチンを開発することです。それには、変異型であってもウイルスに共通する成分を分離し、それをワクチン化することでしょう。次に、日常生活で感染が生じないような予防対策を講じることです。また3つ目は、ウイルスの増殖を阻害する有効な抗ウイルス剤を開発することです。そして、何よりも重要なことは、ウイルスを撃退する自身の免疫細胞の力を日頃から高めておくことです。こうした4つの点が実現できれば、ウイルスが将来たとえ変異したとしても、重篤な症状には陥ることは避けられると思っています。
  僕の心配がなくなるように、人間の英知を信じていこうと思います。




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