いにしえの作品に魅力を感じるこの頃

 僕の実家には、祖父や曾おじいさんが明治時代から昭和初期にかけて収集し、とても大切にしていた掛け軸や屏風がありました。幼少の頃から、掛け軸のかかった床の間や屏風のある和室でよく遊び、そこで祖父母と一緒に寝たものです。当時、どなたが書いた作品なのかは、まったく関心がありませんでしたが、子供ながらも、その絵や書がもっている不思議な力を身近に感じながら育ちました。

 たいへん残念なことに、今から12年前に、ちょっとした不注意から火災が発生して、それまで先祖が家宝にしてきた屏風や仏像が消失してしまいました。しかし、土蔵に保管してあった掛け軸や一部の貴重な昔の掛け軸は幸いなことに焼けずに残りました。当時は、ただそれらをまとめて大切に保存するのが精一杯のことでした。

 

 最近、残った掛け軸をきちんと整理して、保存してあげたいと思い、一つ一つ丁寧に空気にさらして、新しい風を当ててあげました。昔見ていた掛け軸が出てきたりで、嬉しくもあり懐かしい気持ちになったものです。

 

 掛け軸には、それを書いた作家のエネルギーや魂、あるいはお気持ちそのものが込められています。作家は他界し、この世に存在していなくても、作家の心が感じられ、掛け軸の前の空間には、不思議と心が癒されたり穏やかになったりする雰囲気があるのです。質素で静かな日本の美意識である「わびさび」が感じられるのです。

 

 さて先日、僕は日頃お世話になっている研究所の社長のお父様の御霊前に、一つの掛け軸をご供養のために捧げました。それは、山岡鉄舟が記した2行書の掛け軸でした。この掛け軸のことを社長の奥様にお話したところ、たいそう驚いて聞いてくださいました。というのは、奥様が習っている茶道の御心の原点が山岡鉄舟にあるというのです。僕も、亡きお父様の御霊が安らぎ、癒されるようにと、たまたま差し上げた掛け軸が山岡鉄舟作であったので、偶然の重なりには本当に驚きました。まるで亡きお父様が見えない力で導いてくださったのではないか、とも感じました。僕はこれで本当に良かったと思いました。

 

 山岡鉄舟は、幕末から明治維新にかけて活躍した政治家であり思想家でした。勝海舟や高橋泥舟とともに、幕末の三舟と呼ばれていたそうです。江戸城の無血開城の立役者であり、西郷隆盛と勝海舟のトップ会談を実現させて、江戸を戦火から救った幕臣でも知られています。また、明治天皇の教育係として十年間ほど仕えながら、日本の精神教育や文化に大きな影響を与えたと言われています。一つの掛け軸から、その作者の生き抜いた時代の背景が伝わってくるようです。西郷隆盛は「金もいらぬ、名誉もいらぬ、命もいらぬ人は始末に困るが、そのような人でなければ天下の偉業は成し遂げられない」と山岡鉄舟のことを賞賛しています。そして、西郷は鉄舟の活躍に感銘を受け、その後、自らも無欲を貫いたと言われています。このような方の書軸であったので、きっと亡きお父様も無欲を貫き、人々のために生き抜いたのではないかと思いました。

 

 年を重ね、このような昔の作品に改めてその時代のすばらしさや日本人の良き魂を感じるようになりました。僕も、ようやくそうした日本の「わびさび」の大切さが理解できるようになりつつあるのかもしれません。いにしえの人々が質素につつましく生きてきた時代を懐かしく思い、これからは先祖の御霊をいっそう大切に生きていこうと思う1日でした。

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