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    <title>和合治久公式サイト　ブログ/日記</title>
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    <title>元旦に祈ること</title>
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    <published>2012-01-01T00:00:00Z</published>
    <updated>2012-01-06T00:36:06Z</updated>

    <summary>&amp;nbsp 千年に一度の巨大地震と巨大津波に見舞われた災厄の年が明けました。未だ...</summary>
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        <![CDATA[<p>&nbsp
千年に一度の巨大地震と巨大津波に見舞われた災厄の年が明けました。未だに３４００人以上の尊い命が不明のままであり、決して「明けましておめでとう」とは心から言えない心境の元旦の朝です。今朝の松本は、曇り空の天候であるため、残念なことに、白銀に輝く北アルプスを臨むことはできませんでした。</p>]]>
        <![CDATA[<p>&nbsp
我が家の昔からの慣わしは、元旦早朝に、近くの横田神社に初詣し、隣接した祖先の墓地にお参りにいくことでした。小学生の頃は、祖父や父と一緒にこうした元旦の行事をすることが楽しみで、厳寒の中、新年から気持ちを引き締めることがとても精神の健康には良かったと思います。帰宅すると、年賀状が届き、お年玉をもらい、衣類は新調してもらい、それはそれは子供にとって嬉しい日々でした。時代が変わり、今では、こうした慣わしも薄れてしまったようです。また、核家族化が進んでしまったせいか、子供達がコタツで暖をとりながら、花札やトランプなどの遊びを一緒に行うこともなくなってしまったようです。地域の文化が伝承されていかないのは、本当に悲しく残念なことです。</p>&nbsp<br>
さて、今年の干支は「龍」です。天に昇る龍のように、皆さんに飛躍に満ちた年が訪れますようにと祈念したところです。また、身近な社会問題として、ぼくが一番解決してほしいことは、いかに悪化した自然環境を改善するかについてです。少子高齢化や国の財政難、あるいは失業者の増加、格差の是正、食糧難や資源の不足など、政治的な諸問題の解決はもちろんですが、やはり地球温暖化といった世界的な問題の解決がもっとも重要な課題のように思えてなりません。この地球規模の問題を解決できれば、自然災害は減少し、農業や漁業への悪影響も減ってくるからです。</p>&nbsp<br>

　地球温暖化の阻止を促していくためには、いかに自然エネルギー資源を活かす方法を導入するかがポイントになります。可能性のある自然エネルギーには、太陽光や風力、地熱、水力などに加え、雪氷熱や温泉熱なども候補に挙げられています。こうした再生可能なエネルギーをいかに効率的に活用し、従来の石油や石炭あるいは原子力によるエネルギーから脱却していくかがグローバルにみたときの地球環境を守ることに通じるものと思います。また、昨年の東日本大震災にともなって発生した福島原発事故を教訓に、自然エネルギー対策を国レベルでしっかり講じていってほしいものです。多くの人々を不幸のどん底に落とし入れた事実がある限り、原発に依存しない世の中をつくることが、真の意味で「人類の智」であるとぼくは思います。</p>&nbsp<br>

　初春に当たり、今年の健康と幸せをお祈りすると同時に、今年こそ自然災害の少ない穏やかな年になってほしいと強く願う元旦の朝でした。加えて、被災地の復旧と復興が１日も早く実現し、希望の心が被災者の方々に再び導かれるようにお祈りした朝でした。
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    <title>信州の昆虫食を考えた１日</title>
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    <published>2011-11-25T00:00:00Z</published>
    <updated>2011-11-28T02:19:59Z</updated>

    <summary>&amp;nbsp １１月も下旬になると、初冬の気配が濃厚になり、朝晩は冷蔵庫の温度まで...</summary>
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        <![CDATA[<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="http://wagoh.jp/blog/%E7%B4%85%E8%91%89%E3%81%8C%E7%BE%8E%E3%81%97%E3%81%84%E6%9D%BE%E6%9C%AC%E5%B8%82%E9%83%8A%E5%A4%96%E3%83%BB%E4%B8%89%E6%89%8D%E5%B1%B1%E4%BB%98%E8%BF%91-thumb-300x225.html" onclick="window.open('http://wagoh.jp/blog/%E7%B4%85%E8%91%89%E3%81%8C%E7%BE%8E%E3%81%97%E3%81%84%E6%9D%BE%E6%9C%AC%E5%B8%82%E9%83%8A%E5%A4%96%E3%83%BB%E4%B8%89%E6%89%8D%E5%B1%B1%E4%BB%98%E8%BF%91-thumb-300x225.html','popup','width=300,height=225,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://wagoh.jp/blog/assets_c/2011/11/紅葉が美しい松本市郊外・三才山付近-thumb-300x225-thumb-250x187.gif" width="250" height="187" alt="紅葉が美しい松本市郊外・三才山付近.gifのサムネール画像" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></a></span><p>&nbsp
１１月も下旬になると、初冬の気配が濃厚になり、朝晩は冷蔵庫の温度まで下がってきました。しかし、今年は温暖な気候が続いたせいで、信州の山々の紅葉もかなり遅れていたようです。それでも、ブナやクヌギ、シラカバ、カラマツ、ナナカマド、ウルシ、モミジなど、赤や黄色の美しい紅葉を存分に楽しむことができました。]]>
        <![CDATA[<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="http://wagoh.jp/blog/%E9%A3%9F%E7%94%A8%E3%81%AB%E3%81%95%E3%82%8C%E3%82%8B%E4%BF%A1%E5%B7%9E%E3%81%AE%E6%98%86%E8%99%AB%EF%BC%88%E8%9C%82%E3%81%AE%E5%AD%90%E3%80%81%E3%82%B6%E3%82%B6%E3%83%A0%E3%82%B7%E3%80%81%E3%82%AB%E3%82%A4%E3%82%B3%E3%81%AE%E8%9B%B9%EF%BC%89-thumb-300x225.html" onclick="window.open('http://wagoh.jp/blog/%E9%A3%9F%E7%94%A8%E3%81%AB%E3%81%95%E3%82%8C%E3%82%8B%E4%BF%A1%E5%B7%9E%E3%81%AE%E6%98%86%E8%99%AB%EF%BC%88%E8%9C%82%E3%81%AE%E5%AD%90%E3%80%81%E3%82%B6%E3%82%B6%E3%83%A0%E3%82%B7%E3%80%81%E3%82%AB%E3%82%A4%E3%82%B3%E3%81%AE%E8%9B%B9%EF%BC%89-thumb-300x225.html','popup','width=300,height=225,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://wagoh.jp/blog/assets_c/2011/11/食用にされる信州の昆虫（蜂の子、ザザムシ、カイコの蛹）-thumb-300x225-thumb-250x187.gif" width="250" height="187" alt="食用にされる信州の昆虫（蜂の子、ザザムシ、カイコの蛹）.gifのサムネール画像" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" /></a></span><p>&nbsp
　この時期、あちこちにある信州の名産店に行くと、さまざまな珍味が並んでいます。特に僕の目を引きつけるのは昆虫なのです。小さい頃から、松本で育ったせいか、食卓にあがるイナゴや蜂の子、あるいはカイコの蛹やザザムシなどはよく食べる昆虫でした。亡き祖父は、「昆虫は蛋白質に富み、栄養価はたいへん高く、体に良いものだよ」、また「信州は海がないので、昆虫が魚に代わる動物蛋白なんだよ」とよく話してくれたものです。こうした環境で育った僕は、今でも昆虫が懐かしい食材になっています。当時は、食べるだけでなく、蜂の子の材料になるクロスズメバチの幼虫を捕まえることも楽しい遊びでした。小さなフナやカエルを枝先に刺して里山においておくと、どこからか成虫が飛んできて、それらを肉団子にして自分の巣の方にとんでいきます。まもなく、仲間を連れて同じ場所にやってきます。このときを見逃さずに、小さく球状に作った肉団子を真綿の細い糸でしばり、手のひらにおいておきます。すると、そこにやってきた成虫は真綿の糸がついた肉団子を口にくわえて巣の方に飛んでいきます。蜂の後を追いかけ、見失った場所で同じことをすると、次第に巣の場所に近づいていきます。こうして最後は蜂の巣を発見することができるのです。あとは煙幕で蜂を麻痺させて、土の中にある巣を掘り出すのです。</p>&nbsp<br>
　さて、世界で食用にされる昆虫の種類を集計すると約1,200種類にものぼるといわれています。主に食材になるのは、幼虫や蛹ですが、成虫や卵も食材になっています。後者の場合、例えば、中国の『周礼』「天官冢宰」では、シロアリの卵を塩辛にして、客をもてなしたと記録されています。また、古代ギリシャではセミなどを食べたという記録が残っています。加えて、アフリカ北部などでは、サバクトビバッタがときどき大発生し、農作物が食い尽くされる蝗害が発生しますが、こうした場合には、農作物の代わりにサバクトビバッタを緊急食料として食べるとの記載がありました。また、ラオスやベトナム、タイなどの東南アジアではタガメを食べたりもします。こうした世界的な慣習を考えると、昆虫を食べるという食生活は決して珍しいことではなさそうです。</p>&nbsp<br>　　
一方、日本では一般的に気持ちが悪いとか美味しくないとかの心理的な理由で、また昆虫食が時代遅れの慣習であるとの理由で、最近ではほとんど昆虫は食されていないようです。こんな背景があるにも拘わらず、名産店で見つけた昆虫は、僕にとってとても新鮮な存在でした。食用にされるイナゴや蜂の子、また天竜川の名物・ザザムシなどは、近年、その数が減少したため、佃煮などの加工品の価格はとても高くなっていました。昆虫が棲息できる環境が失われていくことは、本当に悲しいことです。また、数が減少することは、将来、昆虫を食べる習慣は次第になくなっていく運命にあるのではないかと不安にもなりました。</p>&nbsp<br>
　昆虫は乾燥に強く、繁殖力の旺盛な節足動物の一員です。昆虫を食用となる動物と捉えた場合、少ない飼料で生育可能でもあるので、将来の人類は人口増加に伴う食料資源の枯渇を補う動物性食物として優れていると考え、昆虫に食料的価値を見いだすかもしれません。また、宇宙ステーションでも重要な動物蛋白源になるかもしれません。夢と希望はもちたいものです。</p>&nbsp<br>
　今日は昆虫を食べるという食習慣がたいへん珍しくなっていると感じた１日でした。
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    <title>久しぶりに心が明るくなった１日</title>
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    <published>2011-10-07T00:00:00Z</published>
    <updated>2011-10-07T08:12:12Z</updated>

    <summary>&amp;nbsp １０月に入り、気温がめっきり下がってきました。あの真夏の猛暑は一体ど...</summary>
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        <![CDATA[<p>&nbsp
１０月に入り、気温がめっきり下がってきました。あの真夏の猛暑は一体どこへ行ったのでしょうか。野原では、コスモスの可憐な美しい花が咲き誇り、ススキの穂が秋の気配をいっそう濃くしています。黄金色に輝いていた郊外の田んぼでは、稲刈りも無事に終わりました。今年は、３月の福島第１原発の事故による放射性物質の放出で、農作物にも多大な悪影響があり、風評被害も加わって、農家の方々はたいへんな苦境に追いやられています。１日も早く、こうした不幸な事態が解消され、以前のように安心して農業に従事できる状況を政治の力で是非とも取り戻してほしいものです。</p>]]>
        <![CDATA[<p>&nbsp
さて、上半期に放送されたＮＨＫの連続テレビ小説「おひさま」が１０月１日に最終回を迎えました。期間での平均視聴率が１８．８％であったとの報道を聞き、このドラマは多くの視聴者の方々の心に強く響いた内容であったと感じました。ぼくも毎朝時間が許せば、そのテレビに見入っていました。</p>&nbsp<br>
　「おひさま」は昭和７年に、病気であった母の療養のために、東京から長野県の安曇野に引っ越してきた家族を中心にした物語でした。家族の中心人物は、ヒロインの須藤陽子さんで、父と二人の兄の愛情に育まれながら、戦前と戦中、戦後を強く明るく、太陽のように人々の心に光をさしのべる生き方に徹していました。この純粋で慈愛に満ちた姿は、ぼくの心にも感動を呼び起こし、改めて、昭和に生きた一人の女性の美しい生き方に涙しました。心が洗われるとは、こういう感謝とおもいやりを常に示す「人間愛」に満ちた人をみるときになされるものだとも思いました。安曇野はぼくの故郷である信州の松本に隣接した場所にあり、晴れた日には、常念岳や横通岳、蝶ケ岳、燕岳、そして信濃富士とも呼ばれる有明山などが間近に一望できる素晴らしいところにあります。梓川の清い水が流れる場所では、わさび田が点々と作られ、日本一の生産高を誇っている地域でもあります。こうした美しい自然環境の中で、須藤一家が心強く質実剛健を大切に、弱音を吐くことなく真正面から誠実に生きている姿をみて、ぼくの心もリセットされたようです。有り難うの気持ちでいっぱいです。</p>&nbsp<br>
　一方、１０月３日には、今年のノーベル生理学・医学賞の授賞者がカロリンスカ研究所から発表されました。今年は、「自然免疫の活性化に関する発見」で、米国スクリプス研究所教授のボイトラー博士と仏国ストラスブール大学教授のホフマン博士が、また「樹状細胞と獲得免疫の役割と発見」で、米国ロックフェラー大学教授のスタインマン博士の計３人が授賞されていました。このニュースもぼくにとっては大変嬉しいことでした。前者の研究のきっかけが、僕が常に関心を抱く昆虫類、特にショウジョウバエを用いた実験の成果が発端になっていたからです。昆虫類には人間が有する抗体もリンパ球もありません。しかし、生まれつき病原体のある構造を探知できる「トル」という蛋白質があり、生体防御に深く関わっているのです。また、この自然免疫とともに、この免疫が獲得した病原体の情報を獲得免疫系に伝達する上で樹状細胞と呼ばれる免疫細胞が重要な役割を果たしています。この樹状細胞が異物の情報をＴリンパ球に伝えて、獲得免疫がうまく成立することが後者の先生によって明らかになったのです。生きものの免疫、つまり生体防御のしくみを研究しているぼくにとって、この分野へのノーベル賞授与は本当に喜ばしいニュースでした。改めて授賞者の先生方に心からお祝いを述べたいと思いました。</p>&nbsp<br>
　今日は久しぶりに喜ばしいニュースで心が明るくなった１日でした。
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    <title>台風の恐ろしさを考えた１日</title>
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    <published>2011-09-07T00:00:00Z</published>
    <updated>2011-10-07T08:28:07Z</updated>

    <summary>&amp;nbsp 　猛暑だった８月も終わり、アオマツムシやエンマコウロギが騒々しく鳴く...</summary>
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        <![CDATA[<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="http://wagoh.jp/blog/%E9%A3%BC%E8%82%B2%E7%BE%BD%E5%8C%96%E3%81%97%E3%81%9F%E3%82%A2%E3%82%AB%E3%83%9B%E3%82%B7%E3%82%B4%E3%83%9E%E3%83%80%E3%83%A9%E3%83%81%E3%83%A7%E3%82%A6%E3%81%AE%E9%9B%8C1.html" onclick="window.open('http://wagoh.jp/blog/%E9%A3%BC%E8%82%B2%E7%BE%BD%E5%8C%96%E3%81%97%E3%81%9F%E3%82%A2%E3%82%AB%E3%83%9B%E3%82%B7%E3%82%B4%E3%83%9E%E3%83%80%E3%83%A9%E3%83%81%E3%83%A7%E3%82%A6%E3%81%AE%E9%9B%8C1.html','popup','width=700,height=525,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://wagoh.jp/blog/飼育羽化したアカホシゴマダラチョウの雌-thumb-200x150.gif" width="200" height="150" alt="飼育羽化したアカホシゴマダラチョウの雌" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" /></a></span><p>&nbsp
　猛暑だった８月も終わり、アオマツムシやエンマコウロギが騒々しく鳴く季節の到来です。ようやく夜はぐっすり寝られる温度になったようです。８月４日に狭山市内で偶然にも採集したアカホシゴマダラチョウの子供が成虫にまで育ちました。実は、採集後、リシャール式採卵法でそのチョウから１３個の卵を得ました。エサとなるエノキの葉を毎日与え、成虫まで育てることができたのです。しかし、このチョウは、昔、奄美大島にしか分布していなかった種類です。そのチョウを狭山市内で採集し、それから得た子供を狭山市で飼育できるなんて通常は考えられないことでした。地球の温暖化は急速に襲ってきています。これを裏付ける自然災害が多く発生していることは本当に恐ろしいことです。</p>]]>
        <![CDATA[<p>&nbsp
　さて、９月４日に四国から紀伊半島を襲った台風１２号は、信じられないほどの大規模な土砂災害を引き起こしました。和歌山県では、深層崩壊という岩盤から崩壊する土砂崩れが発生し、多くの民家が一瞬に押しつぶされました。その結果、多くの尊い人命が失われてしまったのです。今年は一体どうしてこんなに悲しい災害が発生するのでしょうか。３月の東日本大震災に続いての悲しい自然災害になってしまいました。被災された多くの皆様に心からお見舞いを申し上げたいと思いますし、命を落とされた方々にはご冥福をお祈りしたいと思います。</p>&nbsp<br>
　今回の台風はノロノロの進行であり、ゆっくり北上したために強烈な雨が長く続き、その結果、降雨量が多くなって深層崩壊が起きたようです。降った雨が地中深くしみこみ、水がはけないうちに再び雨が降って、岩盤ごと崩壊したのではと報じられていました。</p>&nbsp<br>
　今後もこのような事態が引き起こされる可能性が高く、私たちは日頃から防災の備えを点検しておきたいものです。</p>&nbsp<br>
　ところで、こうした危機的な地球環境を今後どのように改善し、危険を防止していけばよいのでしょうか。この問題は人類の最大の心配事項でもあります。地球温暖化で気温が上昇すれば、蒸発量が増えてきます。つまり、暖かい海面から水蒸気が大量に蒸発し、それは急上昇してきます。上昇すると、周囲の気温が低下して水蒸気が凝結水になり、熱を発生します。そのとき、上昇気流がさらに発生してくるため、威力が増して台風やハリケーンが誕生してきます。このようなメカニズムがあることを踏まえると、結局のところ地球温暖化を防止する策をとることが根本的にもっとも重要であることに気がつきます。日々の生活の中で、地球温暖化に関与する要因はできる限り避けなければなりません。</p>&nbsp<br>
　ぼくは昭和３４年に名古屋を襲った伊勢湾台風のことを鮮明に覚えています。９歳のぼくは、実家の窓の外側を板で囲んだり、植木鉢を風に飛ばされないように棚から下ろしたりしていました。その夜は停電になり、近所の家の屋根瓦が吹き飛ばされるのを見ました。そして、この台風で５０００人を超える人々の命が失われたのです。台風の恐ろしさを初めて知った瞬間でした。この度の想像を超える記録的な雨によって、またもや大災害がもたらされました。過去の大災害の教訓がいかされたのかは不明です。一に防災、二に防災の気持ちでありたいものです。
</p>&nbsp<br>
　今日は台風の恐ろしさを再認識すると同時に、今後、被害をできる限り最小限にするために、防災の意識をいっそう高めていくことが大切であることを思う１日でした。
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    <title>狭山市で地球温暖化の影響をみた日</title>
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    <published>2011-08-07T00:00:00Z</published>
    <updated>2011-08-08T23:37:25Z</updated>

    <summary>&amp;nbsp  子供たちも夏休みになり、海や山は家族連れで賑わってきました。しかし...</summary>
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        <name>haruhisa wago</name>
        
    </author>
    
    
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        <![CDATA[<p>&nbsp
 子供たちも夏休みになり、海や山は家族連れで賑わってきました。しかし、今年は福島第１原発の事故による放射能漏れで、海を敬遠して野山に出かける家族が多いと、先日、報道されていました。さて、僕たちが子供の頃は、夏休みになると、昆虫採集のネットをかついで、近くの山によく出かけたものでした。当時の宿題に身近な昆虫の標本をつくってくることがあったからです。７月下旬から８月上旬のクヌギ林にいくと、カブトムシやコクワガタ、運が良ければ、オオクワガタやミヤマクワガタ、ノコギリクワガタなどが採集できたものでした。実は、僕はこうした甲虫類よりも、チョウ類に関心が強く、オオムラサキやスミナガシ、コムラサキ、クジャクチョウ、種々のゼフィルスなどを夢中になって追いかけていました。僕が育った信州の松本市は、日本でチョウの種類が一番棲息し、家から自転車で１５分のところにある藤井谷では、僕の採集記録によると、１２６種類も観察できました。僕は本当にラッキーな場所に住んでいたと思います。</p>]]>
        <![CDATA[<p>&nbsp
 ところで、最近の地球温暖化で、南方に棲息していた昆虫類がどんどん生息域を北上させていることはよく知られています。一般的に、生きものは何らかの形で現在の気候条件に適応しています。この意味で、もし気候が変動すると、生存が困難になってきます。当然ですが、適応が困難になれば、移動できる生きものは移動し、移動できない生きものは滅びていくことになります。ホッキョクグマは後者の例であり、餌となるアザラシ類を捕獲するために、海氷が少なくなると、つまり温暖化で海氷域が減少すると、ホッキョクグマは餌を捕獲できずに、その生息数は減少していくのです。通常、高緯度に棲息する北国の生きものは、それ以上の移動地域がないので、生息数は減少すると危惧されています。
</p>&nbsp<br>
 　一方、空を飛べる昆虫類や鳥類などは、また泳ぐことのできる魚類は、住みやすい環境に渡りとか回遊という形で移動することができます。僕は、ここ１０年間、温暖化に伴うチョウの移動について観察してきました。特に東京都や埼玉県、長野県での南方のチョウ類の生息の実態について、機会あるたびに、写真にとったり採集して調査してきました。</p>&nbsp<br>
　先日のことですが、狭山市奥富で、見かけたことのないチョウがフワフワと飛んでいました。眼前に現れたそのチョウは、見た瞬間、アカホシゴマダラチョウというタテハチョウ科のチョウであると感じました。僕は、子供の頃の本能的な感覚によって、片手でその飛んでいるチョウを捕まえました。予想通りに、アカホシゴマダラチョウの雌でした。そして、そのチョウを生かしたまま、翌日、大学に持ってきて、採卵を試みたのです。
</p>&nbsp<br>
　このチョウは僕が高校生の時代は鹿児島県奄美大島まで行かないと採集ができなかったチョウなのです。そのチョウが狭山市にいることは、大きな驚きであり、地球の温暖化を垣間見ることになりました。この事実は恐ろしいことなのです。
</p>&nbsp<br>
　チョウの生息域は、アメリカでもヨーロッパでも北上しています。日本では、前述のチョウのほか、ツマグロヒョウモンやクロコノマチョウ、ムラサキツバメなども北上しています。日本はとうとう亜熱帯になってしまったようです。地球温暖化は現在進行中の危機ですが、人間活動が継続する限り、それはなかなか回避できないことです。しかし、温暖化の原因を作ったのが人間である以上、その対策も人間が責任をもって行うよりほかに道はないと思います。今日は地球温暖化について考えた１日でした。
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    <title>嬉しいこと悲しいことが交錯した日</title>
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    <published>2011-07-23T00:00:00Z</published>
    <updated>2011-07-25T00:06:43Z</updated>

    <summary>&amp;nbsp 7月も早下旬に入りました。先日は、台風6号が西日本に大きな被害を残し...</summary>
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        <name>haruhisa wago</name>
        
    </author>
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://wagoh.jp/blog/">
        <![CDATA[<p>&nbsp
7月も早下旬に入りました。先日は、台風6号が西日本に大きな被害を残して太平洋に去っていきました。この時期の大型台風の発生と本土への接近は本当に珍しいことであり、昔ではとても考えられないことです。地球規模で大気の状態が不安定になり、気圧配置も大きく変わってきているようです。心配はつのるばかりです。</p>
]]>
        <![CDATA[<p>&nbsp
 ところで、先週は日本中が大きな喜びに包まれました。女子ワールドカップでサッカー日本代表チームがその頂点に立ちました。「なでしこジャッパン」の名で、世界中をあっと驚かせたのです。この優勝は、サッカーの男女の大会を通じてもはじめての世界一であり、世界中から称賛されていました。優勝戦では、ぼくも早朝からテレビに見入って応援していたのですが、休まるときもなく、戸惑うこともなく、機敏に素早く攻撃する姿に深く感動していました。これほど、サッカーが面白いスポーツであることを感じたことはこれまでなかったことです。また、相手の猛攻を必死にこらえ、果敢にディフェンスしている様は、素晴らしいものでした。心から祝福の拍手を送り、「世界一、おめでとう」と栄誉を称えたいと思います。
</p>&nbsp<br>
　ぼくは、人の喜びについて中学時代から真剣に考えたことがあります。人の喜びには、当時、３つあるのではないか、ということでした。 人は苦労して何かを達成したときに、その苦労は大きな喜びへと変換するものです。また、人は何かを他人にしてあげ、他人が喜んだ姿をみると、自分も嬉しい喜びの気持ちがわき上がってくるものです。さらに、他人から何かをしてもらったときに、感謝の念が生じるととともに嬉しく喜ぶものです。こうした３つの喜びの中で、今回のサッカー世界一になった快挙には、プレイヤーは最初の喜びを、ぼくのように応援していたファンやサポーターは、3つめの喜びを感じたのではないでしょうか。また結果的には、プレイヤーは2番目の喜びもあったと思います。特に、日本はこの3月の東日本大震災で甚大な被害を被り、尊い命や財産が失われた現実があったのですから、被災者の方々に一瞬でも大きな心の希望や勇気、忍耐の大切さを与え、沈む気持ちを元気にしてくれたのではないかと考えています。この意味においても、なでしこジャパンには心から感謝したいと思いました。
</p>&nbsp<br>
 　一方で、悲しいことも生じていました。福島、岩手、宮城、栃木の各県で育った牛の肉から、国の暫定基準を超える放射性セシウムが検出されたことが報道されたのです。いずれも、えさとして使われる地元産の稲わらが放射性セシウムで汚染されていたことが原因のようでした。こんな不幸があっていいものでしょうか。ぼくは、原発の事故の恐ろしさを改めて痛感したのでした。3月の巨大地震と巨大津波に続く悲惨事になった福島原発の事故による放射能拡散が、これほどまでに人々の生活を破壊し、環境を破滅においやり、人々や多くの生きものを不幸のどん底に落とし入れていることに、ことばがないほどの憤りと悲しみを覚えるのです。不幸をもたらす目に見えない放射線が本当ににくいと感じます。国は、原発事故の収束と不幸にあった農家の方々を迅速に救済すべくの手を打ってほしいと願うばかりです。
</p>&nbsp<br>
 　花言葉に、思慕とか純粋な愛、あるいは無邪気ということばをもつ「ナデシコ」ですが、この植物の姿のような幸福な時間に満ちた生活が一日も早く被災地に訪れますように心から祈る1日でした。
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    <title>心配だったヒナツバメが巣立ちました</title>
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    <published>2011-06-16T00:00:00Z</published>
    <updated>2011-06-16T23:35:36Z</updated>

    <summary>&amp;nbsp ３月の大震災から約１００日が過ぎようとしています。あの巨大地震と巨大...</summary>
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        <![CDATA[<p>&nbsp
３月の大震災から約１００日が過ぎようとしています。あの巨大地震と巨大津波で、瞬く間に多くの尊い人命と貴重な家屋や財産が失われました。ぼくの心は、まだ悲しみから抜け出せない状況にあります。こうした環境に陥った中で、フィリッピンなど南国から被災地の東北地方にはるばる渡ってきたツバメ達は、いったいどこで結婚し、子育てをしたのでしょうか。ツバメは前年度に巣作りしたと同じ場所に戻ってくるので、ツバメが巣作りする家や生活環境がすべて失われたことは、ツバメにとって想像を絶するほどの悲しみであったと思います。このことも、ぼくにとって心を痛めることなのです。</p>
]]>
        <![CDATA[<p>&nbsp
先日、ある新聞で、絶滅の恐れのあるウミツバメという小鳥が営巣する三陸沖の島々が、今回の東日本大震災で大被害を受けたことが報じられていました。国内では数少ない繁殖地が津波で大被害を被ったというのです。このウミツバメは６月頃に飛来し、産卵して子育てをするので、本当に絶滅が心配になります。一方、被災地の太平洋側には、渡り鳥の中継地になる干潟がたくさんあります。ここは、シギ類やチドリ類が栄養を摂取し、体を休めるオアシスになっています。このオアシスが一瞬に消えたのですから、渡り鳥の休憩地がなくなったも同然です。人間にとっても鳥にとっても、いやすべての生き物にとって、これほどの辛い悲しい出来事はなかったのではないでしょうか。
</p>&nbsp<br>
　さて、以前のブログでも記したことがありますが、ぼくは、毎年、自宅から大学までの通勤路でツバメを観察することが習慣になってきました。今年は、４月４日にはじめて狭山でツバメを見たのですが、それから今日までのあいだ、ツバメの巣は５つしか発見されていません。この数は例年に比べ、たいへん少ないものでした。東北地方に渡って行ったツバメが繁殖地を見つけられず、もし新たな繁殖地を求めて埼玉までやってきてくれたのであれば、もっとツバメの巣が多くても良いのですが、それは期待できませんでした。たいへん残念な事実なのです。
</p>&nbsp<br>
　こうした状況下で、ヒナツバメはすくすくと成長し、今日、一つの巣からヒナツバメが巣立っていきました。ぼくの心に温かい喜びの光りが射した瞬間でした。巣材の泥が減少している環境、えさになる昆虫が激減している環境、コンクリート化が進み、緑が減少している環境の中で、たくましく子育てに専念し、ヒナが飛べるまでに育ったことに対して、「奇跡」という２文字が浮かんできました。また、「良かったね」と心底から叫んでいる自分がありました。
</p>&nbsp<br>
　ところで、６月の梅雨のシーズンは、その梅雨の晴れ間に、多くの命が飛び出してきます。ぼくが好きなチョウでは、サトキマダラヒカゲやキチョウ、ホシミスジ、コミスジ、ウラナミアカシジミ、ミズイロオナガシジミなどが飛び始めます。加えて、まもなく、山間の渓流地には、ゲンジボタルが光を点滅しながら飛び交います。真夏になる前に、生き物は精一杯エネルギーに満ちた生活を営むのです。
</p>&nbsp<br>
　今日は、厳しい生活環境の中でも、無事に巣立っていったツバメの姿を喜ぶとともに、立派に親ツバメになって種族の維持に貢献してほしいと強く思う１日でした。
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    <title>放射能の心配ばかりが続く</title>
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    <published>2011-06-01T00:00:00Z</published>
    <updated>2011-06-02T23:26:00Z</updated>

    <summary>&amp;nbsp 東日本大震災から約２ケ月半以上が過ぎました。巨大地震と巨大津波に加え...</summary>
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        <![CDATA[<p>&nbsp
東日本大震災から約２ケ月半以上が過ぎました。巨大地震と巨大津波に加え、福島第１原発事故による放射能漏れと、不幸なことが続いています。特に、原発事故では、福島や茨城に在住の多くの人々を恐怖に追いやり、避難を余儀なくされています。本当に悲しいことです。高濃度の放射性物質による海洋汚染や農地の汚染は深刻になってきました。特に、海洋汚染では、海に棲む生き物に放射性物質が取り込まれ、生物の食物連鎖によって次第に濃縮されてきます。プランクトンから小魚へ、小魚から大型魚へと生物濃縮され、やがてはそれらを食する人間にも入ってくるという危険が潜んでいます。この危険性がどのくらいの期間にわたって続くのかは、原発事故が収束してからでないと答えは出てくるものではありません。１日も早い原発事故の終幕を祈るばかりです。</p>
]]>
        <![CDATA[<p>&nbsp
 ところで、今回の原発事故で放出されている放射性物質として有名なヨウ素は約８日で半減します。またセシウムは約３０年かかって半減します。このように、物質によって半減期が異なるため、半減期の長い放射性物質によって汚染されると、長い期間、放射線によって被曝を受ける危険があり、もしも体内に取り込まれると、健康被害が大きな問題になってきます。プルトニウムの半減期に至っては、約２万４千年もかかるのですから、もしそんな物質に汚染されたらと思うと、地球環境はもうガタガタになってしまうと考えられます。
</p>&nbsp<br>
　最近、ぼくはこのような状況に耐えられる体をどのように作ったらよいかを真剣に考えるようになりました。通常、放射線を浴びると、つまり被爆すると、生き物の細胞分裂に悪い影響が与えられます。放射線が体内を通過する際、細胞内にフリーラジカルという活性酸素がたくさん生じてきます。これが遺伝子ＤＮＡを損傷して、細胞分裂に異常が発生するのです。外皮に当てれば、皮膚が剥離したり、内臓に当たれば、臓器機能が不全になったり、また細胞分裂の早い骨髄の造血幹細胞に当たると、白血球が減少して免疫力が低下して感染症になりやすくなります。一方で、甲状腺がんや白血病などが発生したり妊娠初期の妊婦が被爆すると、胎児にも悪影響してきます。本当に怖いことなのです。したがって、空気中や食物から体内に入り、被爆するような内部被爆は極力避けなければなりません。
</p>&nbsp<br>
　さて、一部の放射性物質は、体内で特定の臓器に留まる性質があることが知られています。例えば、ヨウ素は甲状腺に、セシウムは筋肉や腎臓、肝臓に、という具合です。よく安定ヨウ素剤を投与しておけば、放射性ヨウ素が入ってきても、すでに安全なヨウ素で甲状腺が満たされているので、放射性ヨウ素は蓄積せずにブロックできると言われています。この考えを、ほかの物質にも応用できないのだろうか、を考えるのですが、良い答えは見い出せません。ただし、セシウムの場合には、プルシアン・ブルーという薬品の服用により、大量に摂取されたセシウムが消化管内で結合して速やかに排泄されるという知見が役立つのかもしれません。
</p>&nbsp<br>
　加えて、身近な食材に放射能を排泄する効果があれば、こんなに嬉しいことはありません。これに関連して嬉しい報告がありました。広島原爆放射能研究所の伊藤明宏博士が行った実験が注目できるでしょう。それは、味噌を食べさせたラットの約５０％は体内に取り込まれた放射性物質を体外に排出できるという内容のものです。どうもダイズに含まれているゲニスチンという物質が放射線に抵抗する成分であると考えられています。
</p>&nbsp<br>
　ぼくはこのような研究成果が、今後、人々を放射線から守る上で大きな意味をもってくると考えています。放射線対策には、ヨウ素を含む海草類（クロレラやスピルリナなどの藻もチェルノブイリでの体験からとても効果的とのこと）、放射性物質を体外に排出するダイズ食品（味噌汁、豆乳、納豆など）、ＤＮＡ損傷の原因になる活性酸素の毒を減少させる抗酸化力をもつ食材（ポリフェノールやβカロテン、ルティン、リコピンなどを含む野菜類）は是非とも毎日摂取していきたいと思う１日でした。
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    <title>「絶望から希望へ」を思う１日</title>
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    <published>2011-05-02T00:00:00Z</published>
    <updated>2011-05-02T01:15:26Z</updated>

    <summary>&amp;nbsp この１ケ月間、僕の頭は悲しみのあまりどうも機能していなかったようです...</summary>
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        <name>haruhisa wago</name>
        
    </author>
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://wagoh.jp/blog/">
        <![CDATA[<p>&nbsp
この１ケ月間、僕の頭は悲しみのあまりどうも機能していなかったようです。でも、嬉しいことに、あの恐ろしい東日本大震災から５０日が過ぎて５月を迎え、日本は復旧、復興へと着実に動き始めました。およそ６６年前、第二次世界大戦の破滅から立ち直ったときと同じように、日本人のしなやかな強さが息を吹き返した感じがするのです。特に、東北の人々は、宮澤賢治が残した「雨ニモマケズ、風ニモマケズ、雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ、丈夫ナカラダヲモチ」 にあるように、質実剛健で、献身的な底力を持ち合わせいるので、この国難を必ずや再興してくれるのではないでしょうか。</p>]]>
        <![CDATA[<p>&nbsp
　３月１１日に発生したあってはならない巨大な地震と津波は、東北の太平洋側の都市や町を一瞬にのみ込み、多くの尊い命を奪ってしまいました。高さ２０ｍ以上もある強大な水のかたまりが町をのみ尽くしてしまったのです。人は、家や財産、あるいは家族や友人を一瞬に失ったとき、いったいどんな気持ちに陥るのでしょうか。あの日のぼくには、被災者の辛いお気持ちを思うと、どうにもならない感情が襲ってきました。ぼくも今から１５年ほど前、松本の実家を火事で焼失し、とても悲しい経験をしたことがあります。しかし、大切な両親の命は無事であり、それだけで本当に良かったと思ったことがあります。家というものは一生懸命に働けば再び建て直すことができるからです。ぼくには、そのときの経験しかありませんから、この度の大震災でご家族と家屋、財産をぜんぶ失ってしまった被災者の方々のお気持ちの一部しかわかってあげられません。ぼくにとって、このことがとても辛く残念なことなのです。人はもしすべてを失ったときには、絶望感しか残らないと思いました。そんな状況から、生きる希望をもってもらうためには、一体、何が必要なのでしょうか。今、ぼくは毎日そのことを考えます。
</p>&nbsp<br>
　希望を抱いてもらうためには、物質的な支援と精神的な支援の両方が大切です。今、国内外から多くの義援金が寄せられています。この愛を被災者の物質面の支えとして、１日も早く提供してほしいものです。一方で、ボランティア活動を通して、精神的にも支援がなされています。心に負った深い傷を治癒するためには、愛と思いやりがたくさんつまった真心を被災者に示すことが重要ではないでしょうか。加えて、命を落とされた方々ににとって、何よりのご供養とは何なんでしょうか。このことにも悩んできました。亡くなられた人々は、まだまだ人生でいっぱいやり残したことがあったはずです。悔いを残して命を落とされました。この点を考えると、生きているぼく達が、それぞれの立場で、亡くなられた方々の分まで一生懸命に誠実に生きていくことが、一番のご供養になるのではないかと考えるのです。
</p>&nbsp<br>
 　一方で、ぼくという一個人が、被災者のためにできることは一体何なんだろうか、と自問自答している毎日でもあります。義援金を送ることはもとより、今は評議委員を務めている日本作家クラブによる「テレカ・チャリティ・プロジェクト」も推進しています。引き出しに眠っている度数が残っているテレカを提供していただき、それを支援物質に変えて支援するという活動です。さらに、音楽療法の提供も考えています。避難場所での病気の予防に、また生きる希望を与えるような音楽療法の実践という活動を展開したいと思っています。
</p>&nbsp<br>
 　日本は、１９２３年、首都を直撃した関東大震災が発生し、１０万人以上の方々が犠牲になりました。しかし、廃墟になった都市から近代的なビルや公園、地下鉄のある巨大都市・東京を再生させた経験があります。この歴史的な経験が示唆することは、悲劇がたとえ生じても、新しい創造的なものを作っていく力が日本人には元来備わっているということです。１日も早い東北の復興を期待し、同時に被災者の皆さんの心の安寧を祈るばかりです。今日は絶望から脱却して希望のもてる日が一刻も早く訪れることを願う１日でした。
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    <title>国民が経験したことのない大震災を悲しむ</title>
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    <published>2011-03-20T00:00:00Z</published>
    <updated>2011-03-22T00:40:17Z</updated>

    <summary>&amp;nbsp ３月１１日午後２時４６分頃、大学の研究室にいたぼくは、大きな揺れを伴...</summary>
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    </author>
    
    
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        <![CDATA[<p>&nbsp
３月１１日午後２時４６分頃、大学の研究室にいたぼくは、大きな揺れを伴う地震を感じ、しばらく呆然としていました。これはとてつもない大きな地震だ、とすぐに思った理由は、ぼくが昔通っていた中学校の校舎が新潟地震で大きく傾き、新潟を中心に東北地方で大災害が生じたときと同じくらいの揺れであったからです。研究室の棚から本や書類が落下したり、実験室の薬品棚が転倒したりの状態でした。ラジオに耳を傾けると、マグニチュード８．８（後日、これは９．０と修正されました）の巨大地震が三陸沖を震源に発生したことが報じられていました。そして、次に東北地方の東海岸には大津波警報が発せられていました。</p>]]>
        <![CDATA[<p>&nbsp
　夕方、帰宅したぼくはテレビから流れる画面を正視することができませんでした。こんな不幸な光景をみたことはなかったからです。がれきと海水が一気に家を、畑を、車を、船を、道路を呑み込んでいく巨大津波に自然災害の恐ろしさを感じていました。かけがえのない尊い人命が失われていくことのつらい気持ちを抑えることができませんでした。その夜のテレビ番組から、東北沖から関東沖までの数百キロにわたる断層が動いたことを知り、地殻変動を伴う地球規模の巨大なエネルギーに対しては、人間は為す術がないことも痛感したのです。明治以来、国内最大の巨大地震と巨大津波によって、いったいどれほどの生命や財産、住まいが失われたのだろうか。人にとって生きる上で大切な衣食住が一気に失われてしまったのですから、これほどの不幸な事態はないと思いました。
</p>&nbsp<br>
　悲しいことに、不幸な状況は連動して発生していました。福島にある原子力第１発電所から放射能が漏れているというのです。巨大地震で、停電が続き、非常用の発電機が停止して原子炉を冷やす装置が止まってしまったというのです。これは２次災害のはじまりと認識し、この緊急事態を国家はどう乗り越えていくのだろうか、とぼくには暗い気持ちが横切りました。その後、電力が確保できなくなり、計画停電が実施されたのです。
</p>&nbsp<br>
　今、ぼくは地震発生から１週間のあいだに家に配達された朝日新聞を見ています。３月１２日朝刊「東日本大震災」、同日夕刊「東北沿岸壊滅的」、１３日朝刊「福島原発で爆発」、同日号外「３号機も冷却不全」、１４日朝刊「死者は万単位」、同日夕刊「計画停電大混乱」、１５日朝刊「２号機も炉心融解」、同日夕刊「圧力抑制室損壊か」、１６日朝刊「福島第一制御困難」、同日夕刊「４号機また炎鎮火難航」、１７日朝刊「原発警視庁出勤へ」、同日夕刊「３号機注水作戦開始」、１８日朝刊「陸自が３０トン放水」と、最大の大きさの字体で印刷された新聞一面の見出しの連続は、恐らく歴史上、これまでになかった事実と思います。
</p>&nbsp<br>
　巨大地震と巨大津波から１週間が過ぎ、被害の全貌はまだまだわかりませんが、安否不明者は１万９千人以上であり、犠牲者も阪神淡路大震災を超えています。一方で、この国難に立ち向かうべく、国のもつ総力を上げての復旧や復興が開始されました。日本の人々の勇敢で勇気ある心意気は、この国難を克服する大きな原動力になり、必ずや再建されるものと信じています。被災された多くの方々に心からお見舞いを申し上げるとともに、尊い命を落とされた多くの方々に対して心からの哀悼の意を表し、ご冥福をお祈りしたいと思います。加えて、一刻も早く再び笑顔と喜びに満ちた生活が取り戻されるようにお祈りしたいと思います。 合掌
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    <title>春の訪れは憂鬱でもあり嬉しくもありを思う</title>
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    <published>2011-03-05T00:00:00Z</published>
    <updated>2011-03-22T00:11:11Z</updated>

    <summary>&amp;nbsp ３月に入り、大学は卒業式が近づいて年度末の忙しさがやってきました。こ...</summary>
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        <![CDATA[<p>&nbsp
３月に入り、大学は卒業式が近づいて年度末の忙しさがやってきました。この１年、最終学年の学生は患者さんのために貢献できる医療人を目指して懸命に頑張ってきました。医師ばかりでなく、看護師や臨床検査技師、理学療法士、臨床工学士などになるためには、国が行う国家試験に合格しなければなりません。ぼく自身も学生の入学時の夢を実現してもらえるように精一杯国家試験対策には力を注いできました。国試が終了し、今はホッとしていると同時に、全員が合格できるように祈るばかりです。</p>
]]>
        <![CDATA[<p>&nbsp
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="http://wagoh.jp/blog/%E5%BA%AD%E3%81%AE%E7%A6%8F%E5%AF%BF%E8%8D%89.html" onclick="window.open('http://wagoh.jp/blog/%E5%BA%AD%E3%81%AE%E7%A6%8F%E5%AF%BF%E8%8D%89.html','popup','width=700,height=525,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://wagoh.jp/blog/庭の福寿草-thumb-250x187.gif" width="250" height="187" alt="庭の福寿草" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" /></a></span>
さて、３年前、大腿骨の骨折のため母は手術を行い、リハビリを経て今の老人施設にお世話になってきました。以来、早３年が過ぎようとしています。施設の生活にも慣れ、友人もでき、穏やかで明るい生活を送っているのをみるにつけ、ぼくは安堵感でいっぱいです。だれでも必ず老いは訪れますが、ぼくも人生の最終章は母のように心穏やかに過ごしたいと思っています。実は、今日も実家の松本に帰省して母を元気づけてきたところです。信州の春はまだまだ遠い感じがしましたが、実家の庭には福寿草が咲き始めていて、子供のように心がうきうきして、とてもうれしくなりました。春の息吹は土の中から聞こえてくるようです。また、庭にあるカエデの枝先に刺しておいたミカンや柿は、ヒヨドリやウグイス、メジロのご馳走になっていて、競って食べていました。こうして命が維持され、まもなく、ぼく達の前で、美しい鳴き声を披露してくれるのです。
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="http://wagoh.jp/blog/%E3%82%AB%E3%82%A8%E3%83%87%E3%81%AB%E3%82%84%E3%81%A3%E3%81%A6%E3%81%8D%E3%81%9F%E3%83%A1%E3%82%B8%E3%83%AD1.html" onclick="window.open('http://wagoh.jp/blog/%E3%82%AB%E3%82%A8%E3%83%87%E3%81%AB%E3%82%84%E3%81%A3%E3%81%A6%E3%81%8D%E3%81%9F%E3%83%A1%E3%82%B8%E3%83%AD1.html','popup','width=700,height=525,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://wagoh.jp/blog/カエデにやってきたメジロ-thumb-250x187.gif" width="250" height="187" alt="カエデにやってきたメジロ" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></a></span>
</p>&nbsp<br>
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="http://wagoh.jp/blog/2011%E5%B9%B4%E3%81%AE%E3%82%B9%E3%82%AE%E8%8A%B1%E7%B2%89%E7%94%9F%E8%82%B2%E7%8A%B6%E6%B3%811.html" onclick="window.open('http://wagoh.jp/blog/2011%E5%B9%B4%E3%81%AE%E3%82%B9%E3%82%AE%E8%8A%B1%E7%B2%89%E7%94%9F%E8%82%B2%E7%8A%B6%E6%B3%811.html','popup','width=700,height=525,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://wagoh.jp/blog/assets_c/2011/03/2011年のスギ花粉生育状況-thumb-250x187.gif" width="250" height="187" alt="2011年のスギ花粉生育状況" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" /></a></span> ところで、今年はスギの花粉が昨年以上に多く生産され、空気中に飛散することが発表されています。周囲の山にあるスギ林はすでに花粉の薄黄色で染まっており、飛散の準備をしていました。先日、春一番が吹き荒れたので、３月は花粉症の方にとって本当に憂鬱な月になります。今日も車の運転手がマスクをしながら運転している姿をたくさん見かけました。スギ花粉はスギの生殖細胞にすぎないのに、なぜ花粉症というアレルギー反応を引き起こすのか、昔はよくわかっていませんでした。しかし、現在はⅠ型アレルギーのメカニズムで発症することが判明しています。スギ花粉に特異的に結合するIgEという免疫抗体が結合組織にある肥満細胞という白血球に結合しているために、この細胞表面で抗原抗体反応が生じる結果、肥満細胞からヒスタミンが放出されるのです。この物質は血管を拡張したり平滑筋を収縮させる、あるいはクシャミ中枢を刺激するなどを引きおこすので、あの不快な花粉症の症状が出てくるわけです</p>&nbsp<br>
　したがって、この免疫反応をいかに正常に戻すかが、大きな課題でしたが、幸いなことに、身近な野菜には、この過敏な免疫反応を抑制してくれる抗アレルギー性の成分を含む種類があります。例えば、レンコンやシソの葉、ニンニク、ニラ、ネギなどは、花粉症の方は毎日でも摂取したい食材です。つい先日、ぼくの友人から、ぼくがアメリカのテレビに出ていてレンコンが抗アレルギー性野菜であることが紹介されていたとの話を聞きました。友人の義姉がコロンビア大学の教授で、僕のニュースを友人に電話で教えて下さったとのことです。うれしくもあり、不思議でもありの驚きでした。でも有り難いことです。</p>&nbsp<br>
 さて、実家付近から一望できる今日の北アルプスは真っ白な雪に覆われ、美しく輝いていました。特に、夕日が沈む頃、乗鞍岳、大滝山、常念岳、燕岳、そして蓮華岳から白馬岳までの長い山並みは、自然の雄大さをまるで誇っているかのようにぼくには映りました。心が洗われる瞬間でもありました。
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    <title>この頃、思うこと</title>
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    <published>2011-02-11T00:00:00Z</published>
    <updated>2011-02-14T00:46:59Z</updated>

    <summary>&amp;nbsp 暦の上では立春を過ぎ、春の足音が少しずつ聞こえてきました。狭山市にあ...</summary>
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        <![CDATA[<p>&nbsp
暦の上では立春を過ぎ、春の足音が少しずつ聞こえてきました。狭山市にある梅園では、暖かな日差しを浴びた白梅が咲き誇っています。春は生きものが長かった冬から一斉に目覚める心地よいシーズンであり、その息吹を感じられることがとても幸せに思います。</p>]]>
        <![CDATA[<p>&nbsp
さて、このような２月ですが、大学では後期試験有り、入学試験有り、加えて国家試験有りで、大学の教員は毎日がとても急がしくなります。それが終われば、今度は卒業式がやってきます。特に、国が実施する国家試験には最大限の神経を注ぎ、受験に臨む学生が合格できるように教員は苦労するのが常になっています。ぼくは、入学時の医療人になって社会で患者さんのために働きたいという学生の願いを叶えさせてあげるために、教員はどのような形で学生の学習への協力や支援をしたらよいかをいつも考えています。医療系の学生は、ほかの学部の学生と違って、大学を卒業すれば良いというわけにはいきません。それ以上に、国家試験に合格して４月から医療人として活躍できるように導いていかなければならないのです。大学を卒業できても、もし国家試験に不合格であれば、なんのために大学で学んだのか、医療人になれない以上、その意味がなくなってしまうからです。国試に臨む学生は全員が合格して、「真剣に本気で勉強に励んで良かったな」と言えるようになってほしいものです。この時期のぼくの祈りは、ただこの一点にあります。
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  先週、ぼくは久しぶりに実家のある松本に帰省してきました。信州は埼玉と違ってまだまだ春の気配はなく、寒さは厳しいものでした。畑に作ったロハス農園も今はひっそりと静まりかえっていました。周囲の田畑は宅地化が進んでしまったせいか、シベリアや中国大陸から冬鳥として渡ってくるツグミやジョウビタキが我が家の庭に残った木々にたくさん飛来していました。生息地が狭まり、野鳥の棲む生活圏は確実に減少しています。ぼくは帰省すると、かれらのために、庭においたえさ台の上にミカンや昨年収穫した熟しガキあるいはアワやヒエの実をおいてあげます。すると、どこからともなく、それを見つけては、ツグミやメジロ、ムクドリ、ウグイス、スズメ、シジュウカラなどがやってくるので、ぼくはそっと家の中から見守るのです。昔、小学生の頃は、ヒレンジャクやキレンジャクなどの渡り鳥も、庭のカイドウの実を食べにやってきたものですが、今は、その姿を見ることはできません。とても残念で悲しいことです。
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 さて、この冬の日本は異常な天気による豪雪被害あるいは火山の爆発などに見舞われ、多くの被災者が続出しています。天災を回避することは困難ですが、被災された方々を救済する方法については国家が誠心誠意提供してあげてほしいものです。助け合う心は、人という生きものがもつ基本的な温かさなのです。世界に目をやると、エジプトでの政情不安やロシアでのテロ、朝鮮半島の南北問題の緊張など、平和がほど遠い国々がたくさんあります。いつの日か、真の意味での「共存」が人類に認知されて、「相互に協力し合って生きていこう」という機運が訪れてほしいと願うばかりです。
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 今日はこの頃感じる思いを自由に書いてみた１日でした。
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    <title>新たなスタートをきったお正月を振り返る</title>
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    <published>2011-01-08T07:56:16Z</published>
    <updated>2011-01-08T08:12:53Z</updated>

    <summary>&amp;nbsp 今日は七草がゆを食べる日です。新しい年を迎え、早くも１週間が過ぎまし...</summary>
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        <![CDATA[<p>&nbsp
今日は七草がゆを食べる日です。新しい年を迎え、早くも１週間が過ぎました。このお正月は実家のある松本で家族と親戚とで愉快に過ごすことができ、とても良いスタートをきることができました。たいへん有り難く幸せなことです。
</p>]]>
        <![CDATA[<p>&nbsp
ぼくが小学生の頃、実家の周囲には桑畑がひろがり、そこにはたくさんの雑草が生えていました。正月になると、そこを必ず訪れ、雪が溶けた日差しの強い場所にロゼット葉の形をしたナズナやオオイヌノフグリ、ホトケノザ、あるいはハコベラをみつけては子供心に嬉しくなったものです。現在は、信州大学の思誠寮がそこに建築されていて、昔の環境をみることはできません。こうした雑草の中で、特にナズナやハコベラを採取しては、家に持ち帰っていました。当時、それらの植物が春の七草の仲間であることは知る由もありませんでした。今日、春の七草といえば、ナズナやハコベラ、ホトケノザに加えて、スズナ、スズシロ、セリ、ゴキョウの７種類の植物を指していることはよく知られています。</p>&nbsp<br>
<p>&nbsp　　
ところで、春の七草は、昔、醍醐天皇の時代に、中国から伝わった習慣が公式化されて、正月７日に７種の若菜を調達するようになったと言われています。「枕草子」には、七日の菜を六日に入がもて騒ぐ」の記事があるように、七日の朝、七草がゆを炊いて無病息災を祈る習わしができたと思いますが、それ以上に、お正月は、普段食べられないご馳走をたくさん食べていたのだから、少し胃を休める意味においても、七草がゆが健康的な食事であったのだと思います。
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今年は干支で言うと卯年です。うさぎは、坂道を上ることが得意なので、また外敵がきたとき大きく飛び跳ねて走ることができる動物でもあるので、本年を大きく跳躍できる年にしたいものです。
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さて、新年から日本海側にドカ雪が降り、多くの雪害が生じていることは、たいへん悲しいことでした。夏は豪雨、冬は豪雪と、天候が極端に異常化しているのは、やはり地球の急速な温暖化と無関係ではないと思います。昨年、ぼくはブログの中で、この緑に満ちた地球環境を守るためには、腹八分の精神、つまり「分度杯」の考えが重要になってくることを述べました。人間が欲をかけばかくほど、一気にすべてを失ってしまうことを説いた心のあり方なのです。この考えとよく似たものに「宥坐の器」があります。古代中国の魯の国を治めた桓公の朝廷には、この不思議な器があったというのです。中身がからの時は傾いている。水をほどよく入れると、まっすぐに立つ。またあふれるほどに満たすと、また傾くという器でした。この器が意味することは、力を抑制して謙虚であらねばならないことを説いていたのです。人間の傲りを戒めるものでした。今年もしっかり自戒しながら謙虚に生きていきたいと願うばかりです。
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ぼくが尊敬する良寛和尚は、１月６日が命日であり、今年は１８０年の命日であっったとのことでした。江戸時代の後期に無欲を貫き、子供を大切に生き抜いた良寛和尚の人生には、いつも小さな喜びを味わう心の豊かさがあり、そこに真の幸福を感じていたのだと思います。こんな姿に感動し、心の平安と慈愛を大切にしていきたいと願う１日でした。
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今年も心穏やかに過ごすことができ、人々の健康が守られますように。
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    <title>この１年を振り返る日</title>
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    <published>2010-12-27T00:00:00Z</published>
    <updated>2010-12-27T04:15:40Z</updated>

    <summary>&amp;nbsp 寅年だった１年も残すところ５日になりました。静かに目を閉じれば、ぼく...</summary>
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        <![CDATA[<p>&nbsp
寅年だった１年も残すところ５日になりました。静かに目を閉じれば、ぼくの身に起こったことが走馬燈のように浮かんできます。今年は、ぼくにとって人生の節目に当たる６０歳という還暦を迎えた年でした。幼少の頃、６０歳という年齢を聞けば、腰が曲がりずいぶんとお年寄りに見えたものですが、自分がその年になってみると、まだまだ現役でやっていけると感じた１年でありました。
。</p>]]>
        <![CDATA[<p>&nbsp
浮かんでくる大きなイベントや思い出をそのまま書いてみましょう。１月には、岐阜市民会館で、音楽療法コンサートが開催されました。このコンサートでは、現代社会人が多くの生活習慣病で苦しむ中、その改善に簡単に取り入れられる音楽療法を提供したいという願いから、副交感神経にスイッチを入れる曲を新たに作曲していただき、その楽曲を周波数の高いゆらぎに富むソプラノサクソフォーンで演奏していただきました。このような企画は初めてのことであり、大きな意義がありました。４月には、ハープ奏者として有名な超一流の音色を奏でる松岡みやびさんと、藤沢市民会館にて音楽療法コンサートを開催しました。ハープという弦楽器のもつ音響学的特性は、やはり健康維持に役立つことを実際のデータに基づいて語ることができ、嬉しいニュースになりました。</p>&nbsp<br>
<p>&nbsp
同じ４月には、中国長春市にある長春中医薬学大学で、「２１世紀の健康フォーラム」が開催され、ぼくも「未病対策における音楽療法の役割」と題した講演をさせて頂きました。多くの研究者のご発表には、発病をいかに防ぐかという視点で、代替医療や統合医療の重要性が述べられていて、治未病法の一端を理解することができ、たいへん有意義なフォーラムになりました。
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５月に開催された「アクティブ倶楽部２０１０」では、古賀メロディーを奏でる有名なギタリストであるアントニオ古賀さんと一緒に、音楽セラピーのトークと演奏をさせて頂きました。ぼくのハーモニカ演奏とアントニオ古賀さんのギター演奏とがうまくマッチしてフロアの皆さんに喜びを提供できたことは何より幸福なひとときでした。
</p>&nbsp<br>
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一方、５月の連休には、昨年の経験を踏まえ、アマニの種蒔きを行いました。労苦を惜しまず協力して下さっている横山尚永さんのお力で今年も栽培面積を拡大してのアマニ栽培のスタートでした。今年は、長野県のほか岐阜県や青森県でも栽培して下さる支援者が見つかり、同じようにアマニ栽培を試みたことは大きな価値がありました。
</p>&nbsp<br>
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７月には、長野県池田町にある池田町創造館で、モーツアルト音楽療法コンサートを開催しました。このコンサートでは、いつもお世話になっている狭山市トニーズカルテットの演奏者にお越し頂き、交感神経にブレーキをかけるモーツアルトの名曲を演奏してもらいました。その効果を実感してもらうことができ有意義なコンサートになりました。
</p>&nbsp<br>
<p>&nbsp
８月には、長春中医薬学大学から病院長はじめ２０名の先生方が日本研修のために来日され、ぼくは東京での歓迎会をお世話させて頂きました。中国でいつも頂く恩に報いるために精一杯の歓待をさせて頂き、心の交流を促すことができ嬉しいひとときでした。
</p>&nbsp<br>
<p>&nbsp
１０月には、数年前から進めてきた抗癌漢方薬の第２相臨床試験を開始するに当たっての調印式が中国北京市で開催され、ぼくはその調印式に臨んできました。ここまで支援して下さった諸先生方に深謝し、この試験が無事に終了することを祈念して帰国の途についたものです。加えて、花粉症などのアレルギーの予防や改善に役立つ乳酸菌レンコンがアメリカでも国際特許を取得できたことは大きな成果でありました。平成２３年度は花粉の飛散が予想以上と報道されています。是非ともこうした身近な食材を役立ててほしいと思いました。
</p>&nbsp<br>
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まだまだ心に残る良い思い出はたくさんありますが、こうした思い出もしっかりと心に刻み、今後の人生を豊かにする上で役立てていきたいと強く感じています。
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もうすぐお正月です。親戚一同が集まって賑やかにまた和やかに過ごした子どもの頃のお正月を懐かしく思い出しながら、来る新しい年も心豊かに、真心と誠実さを大切にしながら日々の生活を送りたいと強く願う１日でした。
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    <title>素晴らしい若手の学生と尊敬する先生に会った１日を喜ぶ</title>
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    <published>2010-12-05T00:00:00Z</published>
    <updated>2010-12-06T02:14:50Z</updated>

    <summary>&amp;nbsp 今年も師走に入り、残すところわずかになりました。美しかった木々の紅葉...</summary>
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        <![CDATA[<p>&nbsp
今年も師走に入り、残すところわずかになりました。美しかった木々の紅葉も終わり、落葉して冬支度も完了したようです。こんな季節に、ぼくは３５年以上も前に学んだ東京農工大学大学院の講義に非常勤講師として出かけました。講義の内容は、応用昆虫学特論として、特に昆虫の免疫システムについてのものであり、比較免疫学の観点で異物の処理に焦点を当ててのお話でした。大学の構内は、昔と変わらず、大きなケヤキの木が生い茂り、まだまだ静かな環境のままであり、豊かな自然が残されていて、ホッと安堵したものです。</p>]]>
        <![CDATA[<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="http://wagoh.jp/blog/%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E8%BE%B2%E5%B7%A5%E5%A4%A7%E5%AD%A6%E3%81%AE%E6%9C%AC%E9%83%A8%E8%AC%9B%E5%A0%82%E3%81%AB%E7%B6%9A%E3%81%8F%E7%BE%8E%E3%81%97%E3%81%84%E3%82%B1%E3%83%A4%E3%82%AD%E4%B8%A6%E6%9C%A8.html" onclick="window.open('http://wagoh.jp/blog/%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E8%BE%B2%E5%B7%A5%E5%A4%A7%E5%AD%A6%E3%81%AE%E6%9C%AC%E9%83%A8%E8%AC%9B%E5%A0%82%E3%81%AB%E7%B6%9A%E3%81%8F%E7%BE%8E%E3%81%97%E3%81%84%E3%82%B1%E3%83%A4%E3%82%AD%E4%B8%A6%E6%9C%A8.html','popup','width=700,height=525,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://wagoh.jp/blog/東京農工大学の本部講堂に続く美しいケヤキ並木-thumb-250x187.gif" width="250" height="187" alt="東京農工大学の本部講堂に続く美しいケヤキ並木" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></a></span>
<p>&nbsp      
さて、講義には、２０人くらいの大学院の学生が真剣に出席していて、ぼくが講じる講義の内容に聴き入ってくれました。そんな若い学生を見ていると、自分が夢中で好きな研究に取り組んでいたときの姿と重なり懐かしい気持ちが襲ってきました。教員と学生の気持ちが一体化するときであり、至福のときでもありました。当時、昆虫の免疫機構については未知の領域にあり、なんのテキストもなかったので、ぼくは独学で海外の研究論文を読みあさり、自分で研究の方法と方向性を見出す努力をしていました。そして、昆虫は、人間のような抗体やリンパ球をもたないにも拘わらず、侵入する病原体を撃退する免疫細胞や抗菌物質、あるいはレクチンやメラニン色素形成系などによって、立派に生体防御を行っていることを見出したものです。学会では、抗体やリンパ球がない動物には、免疫機構はないと言われていた時代でしたから、ぼくもたいへん苦労したものです。この観点では、昆虫に免疫はないとなってしまうからです。ぼくはそんな時、「昆虫は、古生代の石炭紀という約３億年以上も前の時代から今日まで種を維持してきたのだから、よっぽど強い生体防御因子が昆虫に存在していたにちがいない」、そして「それこそが免疫ではないか」、とよく反論したものです。
</p>&nbsp<br>
<p>&nbsp
不思議なことですが、昆虫で見られる生体防御系の研究は、今日、自然免疫系の重要性を導くきっかけになったのです。すべての動物は、生まれながらにして侵入する病原体を認識できる免疫機構があり、その基盤は微生物の表面構造のパターンを認識するシステムを生まれながらにもっていることにありました。生きものは、身を守る防御システムを進化のプロセスで複雑にしてきましたが、その根底にある基本的な防御戦略は同じようです。
</p>&nbsp<br>
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="http://wagoh.jp/blog/%E6%98%86%E8%99%AB%E7%94%9F%E7%90%86%E5%AD%A6%E3%81%AE%E8%8D%89%E5%88%86%E3%81%91%E7%9A%84%E5%AD%98%E5%9C%A8%E3%81%A7%E3%81%82%E3%82%8A%E4%BA%AC%E9%83%BD%E5%A4%A7%E5%AD%A6%E6%95%99%E6%8E%88%E3%82%92%E6%AD%B4%E4%BB%BB%E3%81%95%E3%82%8C%E3%81%9F%E6%95%85%E3%83%BB%E7%9F%B3%E4%BA%95%E8%B1%A1%E4%BA%8C%E9%83%8E%E5%85%88%E7%94%9F%E3%81%AE%E5%86%99%E7%9C%9F%E3%81%A8%E4%B8%A6%E3%82%93%E3%81%A7%E3%81%84%E3%82%8B%E7%A7%81%E3%80%82-thumb-300x225.html" onclick="window.open('http://wagoh.jp/blog/%E6%98%86%E8%99%AB%E7%94%9F%E7%90%86%E5%AD%A6%E3%81%AE%E8%8D%89%E5%88%86%E3%81%91%E7%9A%84%E5%AD%98%E5%9C%A8%E3%81%A7%E3%81%82%E3%82%8A%E4%BA%AC%E9%83%BD%E5%A4%A7%E5%AD%A6%E6%95%99%E6%8E%88%E3%82%92%E6%AD%B4%E4%BB%BB%E3%81%95%E3%82%8C%E3%81%9F%E6%95%85%E3%83%BB%E7%9F%B3%E4%BA%95%E8%B1%A1%E4%BA%8C%E9%83%8E%E5%85%88%E7%94%9F%E3%81%AE%E5%86%99%E7%9C%9F%E3%81%A8%E4%B8%A6%E3%82%93%E3%81%A7%E3%81%84%E3%82%8B%E7%A7%81%E3%80%82-thumb-300x225.html','popup','width=300,height=225,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://wagoh.jp/blog/assets_c/2010/12/昆虫生理学の草分け的存在であり京都大学教授を歴任された故・石井象二郎先生の写真と並んでいる私。-thumb-300x225-thumb-250x187.jpg" width="250" height="187" alt="昆虫生理学の草分け的存在であり京都大学教授を歴任された故・石井象二郎先生の写真と並んでいる私のサムネール画像" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" /></a></span>

<p>&nbsp
ところで、今回の訪問では、ぼくが学生時代から尊敬している故・石井象二郎先生の研究資料室を幸いなことに見せて頂きました。先生は昆虫の生理学的研究を早くから推進され、特に昆虫フェロモンの発見・研究では大きな足跡を残されました。学生を大切にし、どんな研究にも関心をもち、謙虚な姿勢で研究に打ち込むという姿勢は、多くの学生の心に火をつけるような影響を与えて下さいました。そんな先生が優しく笑っている写真の横で、ぼくも昔のように一緒に笑う機会が得られ、本当に感動しました。
</p>&nbsp<br>
<p>&nbsp
講義が終わった後、久しぶりに昆虫学研究室の学生と指導している岩淵喜久男教授とで、一杯飲みながらの歓談の時間をつくりました。ぼくは相変わらずのダジャレを連発して、終始笑ってばかりの状態でした。しばし、年齢を忘れられる時間を過ごすことができ、感謝感謝の１日でした。
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